いきさつ
高校卒業後、私は大学進学のため郷里を離れた。新たな土地でのひとり暮らしは、多くの発見をもたらし、学問との出会いは私を大いに喜ばせた。
四年間で無事学士を取得した私は、次の進路のために、関東某所の故郷に戻ることにした。ところが、問題が発生した。実家の部屋に空きがないのだ。
私は三人きょうだいの一番目で、実家は父方の家であった。父方は祖父母のほか、曾祖母が健在であり、高校時代は一軒家に三世帯八人が暮らしていた。部屋割りは曾祖母・祖父母・父・母と弟・私と妹、となっており、余剰のないギリギリの状態だった。
私が去り、三世帯七人暮らしとなった実家だが、同事に末の弟が成長し、母との同室状態に限界が来ていた。そのため部屋割りを父・弟・母と妹、と改めたのである。〇・五人ぶんのスペースで済んでいた弟が、一人前の容量を使うようになった結果、実家であるのに私が帰る場所が消滅したのだった。
かといって、ひとり暮らしをするにも問題があった。大学で学問に傾倒した私は、四年の間に膨大な蔵書をつくってしまっていた。大学は地方にあったため、広い部屋を借りて本と同居していたのだが、次の通勤予定地は都内である。私は経済的問題に直面した。
甲斐性なしの私が借りられる家などたかが知れている。しかし、我が蔵書は六畳一間には収まりようもない。大量の本とともに、私は路頭に迷ったのである。
そんな折、母が一言、
「モモの家に住めばいいじゃない」
と宣った。
モモの家とは、我が家における母方の実家の通称である。長らくモモという犬(柴犬。享年十六歳で帰らぬ犬となった)を飼っていたため、そのように呼ばれている。
母方の実家は、父方と同じ市内にあり、かつ便のよい地域に所在している。母方はふたり姉妹で、どちらも結婚したため、モモの家に住んでいるのは祖父母ふたりのみであった。
母方は古くからの農家であり、家は広さだけはある日本家屋(はなれ付き)だ。私と私の蔵書が住み着くのに、これ以上ない好条件であった。
こうして、金のない若者と後期高齢者の祖父母による、三人暮らしが始まったのである。
この同居には、母及び叔母にもメリットがあった。老齢の両親をふたりぼっちにさせておくのは心配だが、自分たちも働き盛りで忙しく、顔を出すにも限度がある。市内に住む私の母は、一週間に一回はモモの家を訪れているが、非常時に駆けつけるには時間がかかる。その点、イキだけは良い二十代の私がモモの家に居候していれば、いざという時に働ける。また、デジタル方面に疎い祖父母に代わり、各種手続きや通販の注文などもできる。金がないから住まわせてくれ、という、寄生虫のような私であるが、図らずも母及び叔母の負担軽減に一役かうこととなった。従姉妹をつれてモモの家を訪れた叔母に、
「港がいてくれて助かるよ」
と言われた私は、かえって居たたまれない思いを味わったのだった。
さて、同居を始めたはいいが、我々三人の生活リズムは吃驚するほど噛み合わない。
まず、現役農家の祖父は、日の出と共に起床し農作業を始める。朝食・昼食をはさみつつ仕事を続け、午後五時頃には風呂・夕食を済ませ、午後六時には就寝している。
対して私は、朝に家を出発し、早くとも夜八時頃帰宅する。ほとんど祖父の顔を見ず一日を終えることも珍しくない。
一番変則的なのは祖母で、宵っ張りの朝寝坊タイプだ。私が帰宅すると祖母は、ストーブの前で暖をとりつつ迎えてくれる。
「夕ごはん、何もできてないの」
と言われるので、冷蔵庫の中身とにらめっこするのが、私の帰宅後のルーチーンである。
その後、私と祖母は夕食と入浴をするのだが、たいてい片方が食事をし、片方が風呂に入るため、一緒に食卓を囲むことはほぼない。私が料理を作る間に祖母に風呂に入ってもらい、私が風呂に入る間に祖母に食事をしてもらうのが合理的だ。尚、日によって役割が逆転することもある。
このように、各々が好き勝手に暮らしているため、同居していながら「誰かと暮らしている」感が薄いのが、モモの家に住む人たちの特徴である。感覚としては、実家暮らしと言うよりシェアハウスに近い。
この方法が成立するのは、モモの家に住む全員が、生活の雑事のほとんどを自分で出来る大人であるためだ。孫とはいえ、私はひとり暮らしを経験した成人であり、掃除・洗濯・料理を不自由なくこなせる。祖父母も後期高齢者であるが、田舎の農家という家柄のせいか、ふたりとも矍鑠としており、いまだ介護や認知症とは縁遠い。各人が生活の八割を自己完結し、残り二割の範囲で助け合っているために、好き勝手なライフスタイルが成立しているのだ。
以上のような奇妙な同居生活を始めて、早数年が経過した。我々三人はたいへん相性良く暮らしているのだが、やはり半世紀以上もの年の差がある祖父母との同居は、ふとした時にスリリングな瞬間をもたらす。また、モモの家が建つ土地自体、母方の一族が一世紀以上所有するものであって、ちょっと納屋に潜ると予想外のものが発見されたりする。本稿は、関東の片田舎で暮らすモモの家のひとびとにまつわる記録である。
いきさつ
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