同居人の肖像――祖父の場合

同居人の肖像――祖父の場合

 我が同居人である祖父母は、ふたりとも八十代の立派な後期高齢者である。
 令和四(二〇二二)年のデータによれば、日本人の平均寿命は男性が八一・〇五歳、女性が八七・〇九歳。健康寿命は男性が七二・五七歳、女性が七五・四五歳となっている。
 祖父に関しては既に平均寿命を突破しているので、長寿の部類に入ろう。この年齢になっても、介護や認知症とは無縁の生活を送れているのだから、本人としても家族としても、これ以上の幸せはない。
 そんなふたりがどのようなパーソナリティをもち、どのような暮らしをしているのか、覗いてみよう。
 まずは祖父。戦中の生まれであり、怒濤の昭和を泰然自若のスタンスで生き抜いた人物である。
 祖父を語る上で外せないのは、その頑健な肉体についてだ。農家一筋六十余年、日々の仕事で身についた筋肉は、鎧のように全身を防護している。ビール腹のせいで布袋様のような体型に見えるのだが、ぷよぷよした脂肪の下には、岩をも砕く筋肉が隠れている。まさしく鉄人と言ってよかろう。
 当人も肉体を健康に保つことには、多分の関心を寄せているらしい。毎日の味噌汁は欠かさないし、ハイカカオのチョコレートやゆで卵、青汁など、いわゆる健康食を積極的に摂取している。ただ、飽き性の気があるので、どれも長続きはしていないようだ。
 祖父の食生活を観察すると、最も長期間続けられている習慣は、旬の野菜をたっぷりと食することだ。私はこれこそが、鉄人を下支えする最強の食習慣なのではないかと考えている。夏は毎食のようにトマトを食べ、秋は豆や芋を食べ、冬から早春にかけてはキャベツ・白菜を大量に消費する。野菜の高騰が著しいきょうび、農家だからこそ可能な習慣であろうが、滋味に満ちた季節の食べ物が無尽蔵の活力を生んでいるように見受けられる。つまるところ医食同源の結論に落ち着くのは、ありがちだが真理と言わざるを得ない。
 さて、鋼の肉体をもつ祖父だが、精神面までマッチョかというと、こちらはそうでもない。所謂、昭和の頑固おやじ世代のひととしては、気性が穏やかなほうではないかとと思われる。
 祖父の精神面で大きな特徴は、立身出世に全く興味がないことである。富、名声、力への関心が一切ないと言っていい。その結果、天気が良ければ畑を耕し、雨が降れば寝そべって本を読む、隠者のような生活をしている。年をとって油が抜けたわけではなく、これが昔からの生活態度だ。
 小耳に挟んだところによると、我が曾祖父(つまりは祖父の父)は、地域の顔役に近いひとであったらしい。曾祖父を反面教師にした結果、祖父は現代日本において晴耕雨読を地で行くひととなったようだ。なお、この隠者遺伝子はあまりに強力で、我が母や私にまで影響を及ぼしており、隙あらば引きこもりたくなる気性を生んでいる。反面教師にしすぎである。
 隠者生活も良いところはある。ストレスが少ないことだ。極力ストレスを溜めない生活をしていることも、祖父の健康に一役かっていると思われる。
 祖父の世界の主要構成要素は、我が家の畑と、未読の本、ビール、日本酒、焼酎、相撲、野球、といったあたりだろう。もちろん、畑の出来高や税金、将来の事など、心を痛めるあれこれがないわけではないが、圧倒的に人生を楽しんでいる。道理で齢八十を越えながら、子供のような肌艶をしているわけだ。
 私は幼少期から祖父を見て育ったのだが、今考えても、このひとは何とも教育に悪い。
 たとえば、夏の昼間にモモの家を訪ねると、木陰の風が通るところにビーチバカンスで使うようなフルフラットになる椅子が置いてあって、そこで祖父がビール片手にシエスタをかましているのである。こんなものを日常的に見ていては、九時五時で働くテレビの中のサラリーマンが気の毒でならなくなる。
 一応、祖父の弁護もしておこう。夏の正午から午後二時くらいまでは、現在はもちろん、二十年以上前であっても熱中症の危険があった。午前の仕事を早めに始めて、昼食をとったのち、日が傾く午後三時くらいまで身体を休めるのは、外仕事のタイムスケジュールとして極めて合理的である。それにしたって夏の昼に毎日ビールを飲んでいていい理由にはならないのだが。
 ここまで書き記したとおり、私の祖父は自分の身体をいたわり、心をいたわり、八十代までぴんしゃん生きているひとである。昨今取り沙汰される「ご自愛」の精神を先取りしていたとも言えよう。
 なお、祖父の名誉のために、彼が農業にストイックに向き合っており、野菜の味に妥協を許さない人物であることは、ここに明言しておく。自分を摩滅させないことと、怠け者であることが、全く別の次元にあるということは、私がいまさら述べるまでもない。

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