古木のハナシ
我が家の裏庭には、白梅の古木がある。祖父の話によれば、彼が物心ついたときからその場所に生えていたそうだ。
推定樹齢八十五年以上、ひょっとしたらとうに百年を迎えているのかもしれないこの木は、毎年旺盛に花を咲かせ、実をつける。老いて尚盛んだ。螺旋状にねじれた幹は、古木らしく苔生しており、手のひらほどのうろもある。素人の祖父が枝を払っているため、樹形はけして整っていないが、健康ではあるようだ。
あまたの木がわしわし生える我が家の庭の中でも、この古木は特別である。現在の庭は、祖母が好む花や、食いしん坊の祖父および娘たち(私の母と叔母にあたる)が植えた果樹で形成されており、そのほとんどが祖父よりも若い木だ。祖父と同年代、あるいは年上なのは梅の古木だけであり、紛れもなく庭の最年長なのである。
我が祖父は不信心者で、田舎に多く残る年中行事や宗教儀式を大切にしてはいるものの、慣習以上の意味を感じていないひとだ。しかし、祖父なりにこの梅の木には思い入れがあるらしく、年末に正月飾りをかけてまわる中では、井戸小屋、納屋、離れなどとともに、この木の枝にもひとつかけている。また、五十年ほど前に母屋を建てかえた際にも、かなり近くにある梅の木を、伐採せず大切に残しておいてある。
そのような所以で、梅の古木は、我が家でちょっとした敬意を払われている。
「花の魁」とは、寒さの残る早春、あらゆる種の花で最初に咲く梅のことをさす言葉である。我が家でも、春に次々咲くバラ科植物たちの先鞭をつけるのが、件の木だ。
梅の花の香りは濃い。樹下に立てば、甘酸っぱくてスパイシーな香りに包まれる。
そのままじっとしていると、小さな羽音が聞こえてくることがある。ミツバチが飛ぶ音だ。我が家の野趣溢れる庭は、季節を問わず花が咲いているので、彼らの仕事場となっている。
梅の花はご馳走だ。何しろ、一本の木に何百何千の花が咲く。これに群がるのはミツバチだけではなく、種々の虫や鳥がかわるがわる訪れている。時にはメジロが枝にとまり、「梅に鶯」の風情をみせることもある。余談だが、本物のウグイスは花蜜ではなく虫を食べるため、梅の木にはやってこない。梅にとっては、花粉を運んでくれるメジロのほうがよほどありがたい鳥だ。高い枝にとまるメジロを見ながら、私も受粉への協力に感謝する。
しばらく我々の目を楽しませた花は、ぱっと散って、一ヶ月ほど後にはもう小さな実を結んでいる。
梅の古木がつけた実は、祖母に体力があった折には梅酒や梅干しに加工されていたのだが、近年は実が落ちたら落ちっぱなしであった。私ももったいないと思いつつ、ほったらかしていたのだが、昨年、転機が訪れた。
私の先輩が、毎年梅酒を漬けていることが発覚したのである。我が家の梅のことを話すと、実を貰ってくれることになった。
まさしく梅雨時に、梅の実は熟す。小雨が降る休日、私は収穫に乗り出した。
まずは、手が届く範囲の実をもいでいく。しかし、果樹園で栽培している木ではないため、手が届く範囲の枝など何本もない。これらを取り尽くしたら、次は竹竿の出番だ。ぽん、と実がついた枝の根元を叩くと、ぽろぽろっ、と青梅が落ちてくる。これを繰り返す。ごそごそ作業する私を見かねて、祖母が手伝ってくれた。私が落とした実を、祖母が回収してくれる。
そうして一時間も梅の木にまとわりついていると、ビニール袋いっぱいの収穫を得ることができた。まだまだ木には梅がなっていたが、あまり多くても仕方がない。週明けに先輩へプレゼントする。
我が家の梅は、手入れをほぼしていない半野生の古木であるため、その実もスーパーで売っている青梅よりも不格好である。大きさは売り物より一回り程小さく、表面には斑点が浮いている。調べたところ、この斑点は有機栽培の梅によく見られる症状であり、実害はないとのことだった。粗末な梅を差し上げてしまって大丈夫かとも思ったが、先輩もまた田舎生まれの逞しきお方であったため、事なきを得た。
さて、梅酒がつかるまでには最短で三ヶ月、おいしくなるには半年ほどかかると言われている。ところが、先輩宅で仕込まれた梅酒は、二ヶ月ほど経ったころには琥珀色に色づき、三ヶ月後には飲み頃の様相を見せていた。あまりにも早い熟成スピードだ。無農薬・無添加栽培(ほったらかされているだけだ)のせいか、古木に何らかの酵母でも棲んでいるのか、梅が熟していたのか、先輩の腕前が神がかっているのか。理由は不明である。
ともあれ、昨年の梅酒は大成功となり、私もご相伴にあずかった。そして今年も、梅の古木は寄る年波に負けず、立派な花を咲かせてみせた。
先輩には今年も梅を贈るつもりだ。せっかくなので私も、今回は梅干しなど漬けてみようかと画策している。
古木のハナシ
モバイル端末の方は横スクロール、PCの方はSHIFT+スクロールでお読みいただけます。
投稿日
最終更新日
COMMERCIAL

