ますのすしのはなし


ますのすしのはなし

 子供のころから私は、ますのすしが食べてみたくて仕方がなかった。
 スーパーマーケットの催しで、駅弁特集は定番だ。販売される顔ぶれも、だいたい決まっている。北海道のいかめし、群馬の釜めし、鳥取のかに寿し、東京のチキン弁当。どぎつい印刷で各地の名物弁当が印刷された、地元のスーパーのチラシが、あるとき郵便受けに放り込まれた。その中のひとつ、行ったこともない富山県の名物が、私はなぜか気になった。そのときからというもの、私の心の片隅には、ますのすしが住みついた。
 自分で言うのもおかしいが、私は慎み深い子供だった。我が母はしっかりした人で、子供にみだりに玩具や菓子を買い与えることはしなかった。そのため、私はあまり物をねだらないようになった。
 誕生日とクリスマスには欲しいものをリクエストすることが許されていたし、近所にある祖父母宅ではお菓子を食べていたので、べつだん不自由に育ったわけではない。ただ、わけもなく何かをねだることは、いけないことなのだと子供心に理解していた。
 故に私は、「ますのすしが食べてみたい」とは言い出せなかった。
 駅弁特集のチラシをどれだけ見ても、ますのすしの味はわからなかった。丸い寿司桶に、笹の葉が敷き詰められていて、それを開くと鱒の切り身が一面に広がる。これを切り分けて、口に入れたならば、どんな味がするのだろう。幼い私はしばらくの間、チラシを大切に持っていて、時々ひとりで眺めていた。
 それから二十年ほども経って、私は自分でどこにでも行けるようになった。あるとき、富山県に住んでいたことがある先輩と知己となり、共に北陸を旅行する計画を立てた。
 そのときに、心の奥底に片付けられていた、例のチラシが蘇った。そうだ、私はずっと、ますのすしが食べてみたかったのだ。子供のころからずっと、食べてみたかったのだ。
 私の話を聞いた先輩は、一緒にますのすしを食べてくれた。富山駅で大きなますのすしをひとつ買い、切り分けて食べた。
 私は大人になっていたので、ますのすしの味に想像がついていた。近縁のサーモンの味を知っていれば、おおよその予測が立つという寸法だ。
 初めて食べたますのすしは、想像通りの味わいで、想像の何倍もおいしかった。大人の私が「想像よりもおいしい」と思う隣で、子供の私が初めての感動に打ち震えていた。
 今になって思えば、あのチラシが入った日に「ますのすしを食べてみたい」と言えば、きっと母は買ってくれただろう。我が母は子供の我儘をきくひとではなかったが、子供の好奇心を蔑ろにはしなかったから、私の願いを叶えてくれただろう。
 しかしながら臆病な子供は、大人になった私と一緒にますのすしを食べた。大人の私は、子供の私の願いが叶ったのを、心から嬉しく思った。子供のつたない想像よりも、大人のひねくれた想像よりも、遥かにますのすしは美味しかった。
 そうして、私の心には今も、大好きな食べ物としてますのすしが住みついている。

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はしがき

読売新聞などが主催する『第17回「あなたの『おいしい記憶』をおしえてください。」コンテスト』に応募した一篇。

相も変わらず落選する。もう少しちゃんとしたタイトルをつけられるようになりたい。

ところで私は、妙にますのすしに縁があり、このほかにも一篇ますのすしに関するエッセイを書いているし、まだ書いていないネタもひとつある。

ふしぎなことである。

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